●Mexico City & Oaxaca Travel Diary●


4de mayo 2000 (primera parte)

2時過ぎに急にバスが停まり目が覚めた。わたしの乗っているバスの前にもう一台のバスがハザードランプを点燈させて停まっている。しばらくすると乗務員が客を降ろして、こちらのバスに誘導を始めた。どうやら車の故障でこちらのバスに乗り換えるようだ。前に停まっているバスは、Mexico Cityでわたしのバスの30分前に出発したDeluxeバスと思われる。結局一等バスに乗って正解のようだった。

朝6時にOaxacaのバスターミナルに到着した。外に出ると背の低いメキシコ人とは思えない白人から声をかけられた。
「日本人か?」
「そうだ。」
「わたしは昔、日本の三沢に居たことがある。」
「そうか。あそこにはアメリカの空軍基地があるな。」
「そうだな。ことろでお前は日本のガイドブックを持っているか?」
「ああ、持っている。」
「ガイドブックに出ているD's Hostelはいいぞ!一泊50ペソだ。これが住所と電話番号だ。昔はMagic Hostelと呼ばれていた。」
そう言って、住所と電話番号が書いてある紙を渡された。なんだ、ただの客引きだった。Mexico Cityの宿でDon Diegoという宿も良いという情報ももらっていたのでもうしばらくバスターミナルをふらついていると今度は女性の客引きから声をかけられた。
「宿は決まってるの?」
「いいや。」
「Don DiegoというYouth Hostelだけど50ペソで泊まれるよ。」
そう言ってパンフレットをくれた。どうもこの二人はバックパックをしょっている目をつけて客引きをしているようだ。

どちらの宿に行くか悩んだが、ソカロに近いのでD's Hostelに行くことにしタクシーに乗った。タクシーの運転手に「ここだ。」と言われて降ろされたがYouth Hostelという文字が書いてる以外どこにもD's Hostelという看板は無かった。よく見ると柱の横の紙にMagic Hostelと書いてある。これじゃ客引きに会わない限り気が付かないぞ。(笑)

サントドミンゴ教会ベルを押すとアジア系の従業員に、チェックインも無しにベットに案内される。まだ7時前だからペンライトでドミトリーの中を歩かされるのでどうなっているのか解らない。といあえず寝ろということなのか?

9時まで仮眠を取った。部屋の中には薄日が入ってきているが暗くて状況がよく解らない。まだ回りの人は寝ているようだ。部屋を出てラウンジに出てみると白人のパッカー2〜3人いた。フロントには朝バスターミナルで客引きをしていた白人がいる。どうやらこのYouthのオーナーらしい。トイレに行ったがとても汚い.... とりあえず外出する準備をして部屋を出た。フロントには部屋を案内してくれたアジア系の従業員が居たので1泊分50ペソを払って出かけた。

宿を出た後、サントドミンゴ教会を見に行った。まだ朝なので周りを散策するだけにし、モンテアルバンの遺跡に向かうことにした。モンテアルバンへ向かうバスはホテルから出ていると地球の歩き方に書いてあったが、実際のホテルの名前とガイドに書いてあるホテルの名前は微妙に違った。注意が必要だ。

モンテアルバンよりOaxacaを望むバスに乗り12時30分にモンテアルバンに到着。モンテアルバンは街から見えていた小高い丘の頂上にあった。さぜこんな高いところに街を作ったのだろうか? ペルーのマチュピチュも高いところにあるが....

モンテアルバン遺跡遺跡としてはティオティワカンよりモンテアルバンの方が好きだ。ただしどちらの遺跡も修復によりコンクリートにより再び石を固定しているところがほとんどであり、まじかに寄って見ると感動が少なくなってしまう。遺跡を歩いているとMexico Cityの宿で一緒だった日本人の女性と再会した。朝一の飛行機でOaxacaまで移動してきたとの事。いいの〜楽で。

バスに乗り街へと帰るが途中の家は壁にトタンの屋根が付いただけのかなりボロボロの家が点在している。メキシコは貧富の差が大きいようだ。

 





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